大阪高等裁判所 昭和49年(行コ)28号 判決
大阪市生野区巽北四丁目一一番一七号
控訴人
ヤマト産業株式会社
右代表者代表取締役
奥井清一
右訴訟代理人弁護士
林弘
同
岡原宏彰
同
西谷八郎次
右訴訟復代理人弁護士
渡辺淳
生野区勝山北五丁目二二番一四号
被控訴人
生野税務署長
橋本房利
右指定代理人部付検事
岡崎真喜次
同
法務事務官 村中理祐
同
大蔵事務官 筒井英夫
同
岡崎成胤
同
丸明義
右当事者間の更正処分取消請求控訴事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が昭和四四年六月三〇日付でなした控訴人の昭和四二年六月二一日より昭和四三年六月二〇日までの事業年度分法人税の所得金額を金七一五二万四一三九円とする更正処分のうち金三七四六万八九一一円を超える部分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠の関係は、左記のとおり付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。
(控訴代理人の陳述)
本件契約(原判決摘示の被告の主張2、(二)、(1)の営業権譲渡契約をいう。以下同じ)に基づき控訴会社が株式会社東海真空機器製作所(以下、東海真空という)に支払つた金三五〇〇万円は、従来主張のとおり、のれん又は営業権の対価である。
(一) 後記のとおり、営業権は、単独の資産として取引される場合もあるが、通常は会社合併契約等に内包されているものである。本件においては、控訴会社と東海真空との間には、結果的には、典型的な意味における会社合併が行なわれていないけれども、本件契約当時、控訴会社と東海真空とは近い将来合併することが予定されており、その前提に立つて本件営業権の譲渡及びその価額が決定されたものである。その事情は、次のとおりである。
すなわち、控訴会社は、まず東海真空の発行済み株式総数の七割を取得してその支配権を獲得し、然る後に同社との合併手続を行つた方が得策であると考え、この方針で株式の売主である菱三商事株式会社(以下、菱三商事という。)との交渉したところ、菱三商事もまた右の方法が有利と判断したところから、控訴会社における東海真空の株式の取得が先行し、同社との合併が後行することになつたのである。ところで、もし両社の合併が先行した場合には、本件営業権が評価されその譲渡益が繰越欠損金に補填される結果、東海真空の株式の一株の価額は額面相当額となるのに対比し、合併が後行すると、当時東海真空は後期繰越欠損金として金二五九二万円余が計上される状況であつたから、右一株の価額は零に等しいことになるわけである。かくしては、株式の売手である菱三商事としては故なく損失を蒙ることになるところから、菱三商事は、合併した場合の営業権価額を終局的に金三五〇〇万円と評価して合併前にこれを東海真空より控訴会社にこれを譲渡し、もつて合併の先行、後行による単なる法技術的差異による株価の差異をなからしめた上、一株の価額を算出するよう強く主張したので、控訴会社もまたこれを理の当然とし、よつて本件営業権について金三五〇〇万円をもつて譲渡契約を締結したものである。以上のような経緯に鑑みれば、右金三五〇〇万円が本件営業権譲渡の対価であることは明らかである。
(二) ところで、法人税法上の営業権は、会計学あるいは商法上の営業権よりも広く解釈されるべきである。法人税法基本通達七―一―五によれば、「繊維工業における精紡機の登録権利、清酒製造業のいわゆる造石権、許可漁業の出漁権、タクシー業のいわゆるナンバー権のように法令の規定、行政官庁の指導等による規制に基づく登録、認可、許可、割当て等の権利を取得する場合の当該権利および当該権利の維持または保全のために支出する費用は、営業権に該当するものとする。」とされており、右各権利はそれぞれ独立して取引の対象とされることがあるものである。本件契約において、控訴会社が金三五〇〇万円を支払つて譲渡を受けた得意先、ノウ・ハウ、東海真空に対する製品製造の指示及び東海真空の企業名声の享受は、右通達に規定する諸権利に準ずべきものである。したがつて、本件金三五〇〇万円は、東海真空の企業とは独立して取引された営業権の対価たる性質を有することは明らかである。
(被控訴代理人の陳述)
(一) 控訴人の主張(一)は争う
本件契約当時、東海真空の親会社である菱三商事は、東海真空の赤字を補填したため、東海真空に対し昭和四三年五月三一日現在において長期貸付金三五〇〇万円、短期貸付金一六二五万三一〇八円を有していたのであり、したがつて菱三商事は、右貸付金及び投下資本の回収を図ることを目的として控訴会社と交渉していたに過ぎず、菱三商事が控訴会社に対し東海真空の株式を譲渡して親会社の地位を失えば、右貸付金回収の保証がなくなるのであるから、菱三商事において右貸付金の回収をせずに東海真空の株式を控訴会社に譲渡することはありえないのである。事実、菱三商事は、控訴会社が東海真空に支出する金三五〇〇万円につき、これを菱三商事の東海真空に対する右長期貸付金三五〇〇万円の弁済に当て、右短期貸付金一六二五万三一〇八円の一部は、東海真空が振出す約束手形に控訴会社が裏書することによつて、その支払を保証するという方法で貸付金の回収を図つた上、控訴会社に対し東海真空の株式七〇〇〇株を売渡しているのである。
ところで、東海真空の株式は、いわゆる非上場会社の株式であるので、その評価方法については純資産法その他種々のものが考えられるが、株価形成の要因も単一のものではなく、単に赤字会社であるからという理由のみでその株価が零に等しくなるということはありえない。仮に東海真空が控訴人主張の如き営業権を有していたとすれば、その営業権の評価額は株式評価の際の純資産に加算されるのであるから、株式の評価の時点が同一であれば、株式の譲渡の場合でも、株式会社の合併の際に割当比率を決定する場合でも、株式の評価額は同一となる筈である。
しかして、控訴人が東海真空から譲渡を受けたと主張する営業権なるものが、その実体を有しないものであることは既に述べたとおりである。
控訴人の右主張は理由がない。
(二) 控訴人の主張(二)は争う。
法人税法上の営業権の意義は、商法や会計学における営業権の意義と異るものではない。法人税基本通達七―一―五に規定する諸権利は、独立した法的権利に準ずるものであつて、それ自体市場価値を有するものであり、事業の超過収益力に対する評価である固有の意味での営業権とは別個のものである。そして、同通達は、右に規定する諸権利を法人税法施行令第四八条第一項第五号によつて償却計算することができる旨を規定しているに過ぎないのである。
また、控訴人が東海真空から譲渡を受けたと主張する得意先、ノウ・ハウ、東海真空に対する製品製造の指示及び東海真空の企業名声の享受が法人税法基本通達七―一―五に規定する諸権利に該当しないことも明らかである。
控訴人の右主張も失当である。
(証拠関係)
控訴代理人は、甲第三ないし第七号証を提出し、当審における控訴会社代表者本人尋問の結果(第一、二回)を援用し、後記乙号各証の成立(同第九号証は原本の存在も)は認めると述べ、被控訴代理人は、乙第五号証の一、二、第六号証、第七、第八号証の各一、二、第九号証を提出し、甲第三、第四号証の成立は認める、その余の前記甲号各証の成立は不知と述べた。
理由
一 当裁判所も、控訴人の本訴請求は失当として棄却を免れないものと判断するものであつて、その理由は、次のとおり付加するほか、原判決の理由説示と同一であるから、これをここに引用する。
(一) 控訴人は、本件営業権譲渡契約は、当時、控訴会社と東海真空とが近い将来合併することが予定されており、その前提に立つて控訴人主張の如き内容の営業権の譲渡及びその価額が決定されるに至つたものであり、本件金三五〇〇万円は右営業権譲渡の対価である旨主張する。
しかしながら、成立に争いのない甲第三号証、乙第二号証、当審における控訴会社代表者本人尋問の結果(第一、二回)によれば、本件契約当時、控訴会社と東海真空(及び菱三商事)との間において両者合併の話が持ち上つていた事実が窺いえられないではないけれども、本件契約が右合併を前提とし、これが手続の一環として、ないしは合併の先駆手続としてなされたとまでは認め難い。のみならず、右甲第三号証、当審控訴会社代表者本人尋問の結果(第一回)に徴すると、控訴会社は、昭和四五年一月一〇日付官報をもつて、控訴会社及び東海真空の各社臨時株主総会において控訴会社が東海真空を吸収合併する旨の決議がなされた旨の合併公告までしながら、未だに右合併手続が完結していないことが認められるところ、右合併手続が未完であることについて何ら首肯するに足る合理的な理由も窺いえないのであるから、両社合併の意図が奈辺にあるのか疑念が生ずるのを押え難く、したがつて右証拠をもつてしても控訴人の右主張を肯認することはできない。また、右控訴会社代表者本人尋問の結果(第二回)により真正に成立したと認められる甲第五ないし第七号証によるも控訴人の右主張を認めることはできない。
すなわち、前掲各証拠によるも前叙引用にかかる原判決の理由三の各認定を覆えすに足らず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(二) 成立に争いのない乙第七、第八号証の各一、二によれば、本件契約締結の前後において、控訴会社にもまた東海真空にも登記された事業目的に何らの変更もないことが認められ、また成立に争いのない乙第四号証の七、同第五号証の一、二によれば、東海真空は、本件契約締結後も従前どおり独立して営業を継続し、その後の各事業年度において却つて売上額、諸設備、資産等が本件契約締結前よりも増加していることが認められるから、これらの点よりすると控訴人主張のような営業権譲渡の実体のなかつたことが窺いえられる。
(三) なお、控訴人主張のような内容の諸利益は、法人税基本通達七―一―五に規定する諸権利に該当ないしこれに準ずるものとはいい難い。
二 よつて、右と同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項によりこれを棄却し、控訴費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 本井巽 裁判官 坂上弘 裁判官 諸富吉嗣)